【大河ドラマ~べらぼう】第44話

失意の蔦重に希望をもたらした、平賀源内生存説

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歌撰恋之部 物思恋
画:喜多川歌麿
東京国立博物館 蔵

本草学者、発明家、戯作者、蘭画家として多彩な才能を発揮した、蔦重の人生の師・平賀源内は、安永8年に自ら酒のうえの過ちにより人を斬り殺したと出頭。その1か月後に獄中死したと伝わりますが、なぜ殺人に至ったかなど詳しいことはわかっておらず、また墓碑も遺体もないまま葬儀が行われたことから、根強い生存説があります。大河ドラマ「べらぼう」44話では、この源内生存説を軸に展開されました。ドラマの冒頭、前話で陣痛に襲われたていが死産の後に食事もとれず心身ともに衰弱。蔦重も死産と喜多川歌麿との決裂によるWショックから立ち直れず気力を失い、お店も活気を失っていきました。そんな折、駿府から重田貞一(のちの十返舎一九)が来店。上方で浄瑠璃本などを書いていた貞一は「蔦屋で本を書きたい」と願い出ますが、気力を失っていた蔦重は貞一の力量を認めながらも「よそで書いた方がよい」と断ります。それでも、諦められない貞一は袖の下と言って大きな相良凧を差し出し、凧の絵柄を描いたのは平賀源内で、源内は相良で生きていると話します。失意のどん底にあった蔦重とていは、この話をきっかけに少しずつ気力を取り戻していきます。真意を確かめるため、蔦重はまず蘭学者の杉田玄白のもとを訪れます。そこで、日本初の西洋医学解剖書として有名な「解体新書」の挿絵を描いたのは源内の蘭画の弟子・小田野直武で、源内が死んだ翌年に不審死を遂げたことを聞きます。そのため蔦重とていは、直武の死は源内先生を逃したことが原因ではと疑い始めます。その後、源内とゆかりのある人々を訪ね歩き、源内生存の可能性を探るなか、大田南畝から源内に託されたという絵「西洋婦人図」を見せられ、「今も絵師として生存しているのでは…」と希望をもち始めます。

一方、歌麿は吉原で版元たちに一席もたせ、「一番派手に遊んだところから仕事を引き受ける」という条件を出し、座敷で紙花をばらまかせました。これは歌麿流の吉原への恩返しでしたが、歌麿自身は気持ちが晴れず、どこか影を帯びた様子。ちょうどその頃、蔦屋では前話で歌麿が「恋心を描いた」と言って残した大首絵の下絵を完成させて販売することを、ていが提案。色も柄も決まっていないが、ていは「旦那様なら歌さんが使いそうなお色、柄など手に取るようにおわかりになるのではないですか」と、販売を促します。この絵は「歌撰恋之部」と題された、歌麿の代表作とも言われている美人大首絵の5枚揃いシリーズですが、ドラマでは「歌麿の絵はやはり蔦屋あってこそ」ということを歌麿に感じてもらい、二人の仲を修復したいという、ていの想いが込められたものとして描かれました。この想いを汲んだかのように、鶴屋が吉原の宴席で歌麿に絵を見せたものの、歌麿は「こんなものは紙クズ」と破り捨てました。ていの願いは歌麿に届かずでしたが、蔦重と歌麿の間にはこの先もまだまだ何か展開があるような予感がします。また、ドラマのラストで蔦重は思わぬ形で松平定信と再会。その場には三浦庄司、長谷川平蔵、柴野栗山、高岳といった錚々たる顔ぶれがおり、源内の死に深く携わったと思われる人物が同じ敵である可能性を匂わされ、宿怨を超えて共に戦うことを提案されます。今後、どんな展開が待っているか見逃せません。

【大河ドラマ~べらぼう】第43話

蔦重の鈍感が生んだすれ違いの結末。寛政改革の終焉と名コンビの終わり

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大文字楼多賀袖
画:喜多川歌麿
浮世絵カフェ蔦重 蔵

これが蔦重との最後の仕事―。大河ドラマ「べらぼう」43話では、歌麿が蔦重への複雑な心境(恋心)を抱えながら女郎絵を50枚描き続けた末に、蔦重と決別するまでが描かれました。ドラマの冒頭、蔦重は歌麿を伴って吉原を訪れます。華やかだった吉原は老中・松平定信の寛政の改革により完全に勢いを失い、茶屋の親父から出てくる言葉は「競って金使って見栄をはるようなお客もいなくなっちまった」「なにもかも倹約、倹約…」と、愚痴ばかり。蔦重は、歌麿の絵の力で再び吉原の活気を取り戻すことを決意します。一方、歌麿は花魁たちを熱心にスケッチしながら、女性に対する観察眼をいよいよ鋭くしていきます。なかでも恋する女性の表情に魅了され、やがて恋する女性の姿を描くようになるのですが、蔦重はあちらこちらで女性たちをじっと観察する歌麿を見て、「あれはいい女がいねえか探しているに違いない。亡き妻・きよに代わる女性を探している」と勘違い。蔦重のこういった“鈍感さ”が歌麿をイラつかせた原因の一つだったと思われます。そして、蔦重が歌麿の想いに気づかぬまま時が経ったある日、版元の鱗形屋孫兵衛の長男・長兵衛が訪ねてきます。来訪の理由は、人気黄表紙の「金々先生栄花夢」の板木を譲りたいという蔦重にとって非常に喜ばしい話でしたが、話の途中で「お前、歌麿を囲い込むのをやめたんだろ」と、思いがけない言葉を投げかけられます。

そして、「西村屋へ養子に出ていた弟が、これでやっと歌麿と仕事ができる」と話していたことを告げます。「そんな話は聞いていない」と驚いた蔦重は、真意を明らかにするために歌麿の元を訪れ、問い詰めます。すると歌麿は、「恋心」をテーマに描いた美人大首絵を渡し、「俺が恋をしていたから描いた」と言います。これに対し、蔦重は「お前、おきよさんみたいな人を見つけたのか!」と、歌麿の想いを知らずにまた傷つけてしまいます。そして、二人の溝は深まり、歌麿は「俺、蔦重とはもう組まねえ」と告げ、決別を宣言します。これにより、ついに蔦重&歌麿の名コンビが解消。さらに、蔦重が帰宅すると今度は妻・ていが突然の陣痛に襲われ、母子ともに命の危険に。悲劇が次々と蔦重を襲ってきました。一方、これまで蔦重を苦しめてきた定信にも大きな挫折が待っていました。ロシア問題を解決した功績で大老に就任するという密約を信じ、将軍・家斉に「将軍補佐と老中の職を解き、職務を減らしたい」と願い出ます。当然、職務を解かれる代わりに大老職を命じられるものと思い込んでいたが、家斉から出た言葉は「将軍補佐および老中の役目を許すこととする。では越中の守、これよりは政にはかかわらず、ゆるりと休むがよい」という無情なもの。家斉や本多忠籌らの罠にはまり、定信は政の表舞台から退けられてしまいます。これで定信による寛政の改革が終焉を迎え、蔦重も歌麿との蜜月時代が終わり、ドラマも新たな時代に突入しました。

【大河ドラマ~べらぼう】第42話

看板娘ブームで推し活が江戸を席巻!その裏で、歌麿が蔦重との別れを決意

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難波やおきた
画:喜多川歌麿
浮世絵カフェ蔦重 蔵

「もう蔦重とは終わりにします。」大河ドラマ「べらぼう」42話のラストで、喜多川歌麿がはいた言葉です。この二人の間に何があったのか―。まず、ドラマの序盤で蔦重の母・つよが亡くなり、これまで歌麿の心の支えになっていた大きな存在を失います。しかし、この頃の蔦重のビジネスには追い風が吹き、書物問屋として再スタートした蔦屋では新作の黄表紙や狂歌集、書物などが売り出され、身上半減からの店の立て直しへ向けて好スタートをきっていました。なかでも歌麿の新作「看板娘」を描いた錦絵が大評判となり、江戸で看板娘ブームが巻き起こります。看板娘とは、町で評判の美人たちのこと。従来の役者絵や花魁絵、武者絵などとは異なり、庶民が実際に会える娘を描いたことが画期的でした。とくに水茶屋・難波屋のおきた、せんべい屋・高島屋のおひさ、吉原の芸者・豊ひなの三人はアイドル的な人気を得て、一目見たいという江戸っ子たちが店に押しかけてきました。そして、おきたが淹れる茶や、おひさ渡しのせんべいが驚くほど高額の特別価格になっても太客がつくような熱狂ぶりとなりました。まさに現代の「推し活」のような現象が起き、江戸の町も活気づき、蔦重も看板娘シリーズの経済効果に大きな手ごたえを感じていました。そこで、蔦重は看板娘を一気に増やしていきたいと、歌麿により多くの娘を描くように要求します。しかし、歌麿一人で描ける数には限りがあります。そこで、蔦重は弟子に描かせ、歌麿は仕上げに専念するということを提案します。これに対し、歌麿は「一枚一枚、心をこめて描きたい」という思いはありましたが、しぶしぶ蔦重の提案に従います。そんな折、看板娘の評判を聞いて偵察に赴いた本多忠籌が、看板娘の販売する商品が本来の価格をはるかに超える高額で売買されていることに驚愕。これを聞いた老中・松平定信は物価高騰の原因を作ると問題視し、「女郎以外の女の名を絵に記すことを禁ずる」というお触れを出します。

またしても定信に横やりを入れられ、規制をかけられた蔦重ですが、「素人の娘ではなく吉原の遊女ならば名前を入れていい」わけだからと、歌麿に女郎の大首絵の揃いもの(50枚)描かせ、その売り上げを吉原から借りていた借金の返済に充てるという話をまとめます。しかし、この話をまとめるにあたり、蔦重は歌麿へ一切相談していません。そのため、歌麿は「借金のかたに俺を売ったってことか!」と激怒します。これに対して蔦重は、ていが妊娠したことを告げ、「まもなく子が生まれるから新しい売れ筋を作りたい」と頭を下げます。しかし、蔦重に密かな恋心をもつ歌麿の心中は複雑だったことでしょう。自分の気持ちを押し殺しながら仕事を引き受けたものの、この仕事を最後に蔦重とは終わりにすることを静かに決意してしまいます。一方、蔦重を追い込んできた定信にも不穏な影が差し始めます。ドラマの冒頭では、蝦夷地にロシアの船が現れて通商を望んできたり、天皇が父に「太上天皇」の尊号を贈る意向を示したことから京都との対立を深めたりと、定信の頭を悩ますことが続発。これらの問題に強硬な態度をとる定信に対し、幕府内でも定信に対する不満が高まっていきます。いよいよ、定信の権勢にも陰りが…。今後は、幕閣の動きからも目が離せなくなってきました。

【大河ドラマ~べらぼう】第41話

「ババア」から「おっ母さん」へ。初めて明かされた、蔦重が捨て子になった真相

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国書データベース
三国通覧補遺(さんごくつうらんほい)
弘前市立弘前図書館
林子平

おっ母さん―。大河ドラマ「べらぼう」41話では、これまで蔦重が「ババア」呼ばわりしていた実の母・つよに向かい、初めて「おっ母さん」と呼ぶシーンなど、数々の名場面が見られました。ドラマの冒頭では、蔦重を吉原時代から支援をしていた書物問屋・須原屋が「身上半減」の処罰を受け、引退を決意するシーンが描かれました。処罰を受けた理由は、朝鮮・琉球・蝦夷の風俗などを解説した、林子平の「三国通覧図説」を販売したから。林子平は、オロシア(ロシア)が日本に攻め寄せる可能性を書いた「海国兵談」の著者で、この本は幕府に不安をあおる不穏な書物と見なされ禁書になっていました。しかし、須原屋は蔦重に「知らねえってことはな、怖いことなんだよ。物事知らねえとな、知ってるやつにいいようにされちまうんだ。本屋ってのはな、正しい世の中のために、いいことを報せてやるっていう務めがあるんだよ」と語ります。そして、蔦重にこの想いを託しました。この言葉は出版物に携わる人間にとって最も重要な言葉ですが、最近はよく「マスゴミ」という言葉を聞きます。偏向報道に対する痛烈な批判の言葉ですが、個人的にもオールドメディアの報道には首をかしげたくなる情報が多く見られるように感じます。一方、ソーシャルメディアの中にも偽・誤情報が満載ですので、「権力者の思惑にも、個人の偏見にも左右されない、正しい情報の発信」ということをあらためて意識させられるシーンでした。また、41話では出版物に画期的な技法による新たな表現が加わり、そちらも見どころの一つとなりました。

一つは、喜多川歌麿の美人大首絵に使われた雲母摺(きらずり)です。雲母摺とは、天然鉱物の粉を用いて、背景に独特の光沢を持たせるものです。雲母は光源の角度を変えることで画面の輝きを変化させたり、奥行きを感じさせる効果があり、平面的な作品ばかりだった浮世絵に大革命を起こしました。また、蔦重の妻・ていの提案で企画された「女性にもうける本」では、書家・加藤千陰による美しい書の本「ゆきかひぶり」が出版されましたが、背景を黒地に白抜き文字で表現され、書体の美しさをより強く引き出していました。そして今回、最大の名場面となったのが、蔦重が両親に捨てられた真相が語られた、髪結いのシーンでした。これまで、蔦重は両親が共に愛人を作った末に捨てられたと信じこんでいました。しかし、実際は父が博打で作った借金を原因に江戸から逃げざるを得なくなったものの、逃亡先の生活に不安があったため、幼かった蔦重だけは駿河屋に引き取ってもらえるよう頼んで吉原で育ててもらうことに。しかし、借金取りが蔦重のもとへやってくる可能性が考えられたため、口が裂けても自分達を親だと言いたくなくなるように、両親は色狂いで子を捨てたことにしたと説明されました。子に類が及ばないように断腸の思いで子を他人にあずけた、親の苦渋の決断があったというわけです。このシーンの後、蔦重は初めて「おっ母さん」と口にし、仕事で尾張へ旅立ちます。しかし、41話ではつたが咳込むシーンが何度も見られたので、これが親子の今生の別れになるかもしれませんね。

【大河ドラマ~べらぼう】第40話

馬琴と北斎の登場で、新時代突入の予感。
失意の歌麿も蔦重の言葉に導かれ、再び江戸へ

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胴人形肢体機関(どうにんぎょうからくり)
黄表紙
作 曲亭馬琴 画 北尾重政 板元 蔦屋重三郎
1800年刊行   
浮世絵カフェ蔦重 蔵書

画の解説。
画に膝に小僧が抱き着いている。この絵の解説として「膝かしらを膝小僧というのは子は親のすねをかじるもの。ゆえにすえのうえにある膝かしらを膝小僧という。」

跋文(あとがき)で馬琴は、「ただ顔かたちのうつくしさをもとめるのではなく、心の美しさを追求すべき。」と結んでいる。教訓と教養を読者に提供する黄表紙になっている。

曲亭馬琴、葛飾北斎など、新キャラ続々で新たな展開に―。大河ドラマ「べらぼう」40話では、「身上半減の店」をウリにした策があたり、繁盛していた蔦屋も一時のブームが去って客足が鈍り始めていました。そこで蔦重は、昔は大ヒットしたが今は絶版になっている他店の黄表紙の版木を安く買って売り出す、再印刷本に着手することを鶴屋に相談。また、執筆依頼のため、手鎖五十日刑から明けた山東京伝のもとを訪れます。そこで、京伝が新作の執筆を断る代わりに蔦重へ紹介したのが、戯作者・滝沢瑣吉(のちの曲亭馬琴)でした。蔦重はひとまず瑣吉を手代として預かりましたが、瑣吉はおらおらキャラでプライドの高い変わり者。店でも仕事を手伝わず、先輩手代のみの吉たちとも衝突してばかりでした。そんな折、役者絵師の勝川春章が弟子の勝川春郎(のちの葛飾北斎)を連れて蔦屋へやってきましたが、この春郎も瑣吉に負けない変わり者で、二人はさっそく衝突。店の前で派手な喧嘩を始めます。この二人、のちにタッグを組んで大ヒット作を生み出す名コンビとなるはずですので、それは今後のお楽しみになりそうです。一方、江戸市中の本屋ではこの頃、老中・松平定信の出版統制により黄表紙は教訓本となり、狂歌は格調高ものばかりでおもしろ味に欠け、錦絵は相撲絵や武者絵ばかりが流行していました。この状況を憂い、打破するために蔦重が頼ったのは、やはり喜多川歌麿でした。

この頃の歌麿は愛妻・きよの死後、蔦重との関係がぎこちなくなっていたこともあり、以前に栃木の豪商から依頼された仕事も兼ねて江戸を離れ、蔦重の母・つよに付き添われながら栃木で傷心を癒していました。その歌麿をその気にさせるため、蔦重が着目したのが、歌麿が描いたきよの絵でした。蔦重は、この絵から女性の顔を大きく描く「美人大首絵」の案を発案。大首絵は、人物の上半身や顔を大きく描き、視線や口元の表情で女性の微妙な感情を表現するという、これまでの浮世絵の常識を覆す画期的なものでした。そこで、この絵が描けるのは歌麿しかいないと、歌麿を説得するために蔦重は栃木へ向かいます。しかし、歌麿は「金繰りに行き詰っている蔦屋を、助けるあたりが欲しいってだけですよね」と、蔦重を冷たく突き放します。そして、生前のきよが「自分だけを見てほしい」と願っていたことから、「もう女は描かないって決めてるんで」と、蔦重の依頼を断ります。しかし、蔦重は「お前の絵が好きなやつ(きよ)は、お前が描けなくなることは決して望まねえ。これは間違いなく言い切れる。贔屓筋というものはそういうものだ」と話します。この説得に閉じた心を開いた歌麿は、再び江戸へ。そして蔦重のダメ出しに文句を言いつつ、大首絵の制作に集中します。今後、大首絵がどのように昇華していくか、曲亭馬琴と葛飾北斎の今後の活躍とともに楽しみにしたいと思います。

【大河ドラマ~べらぼう】第39話

白洲にて、定信と信念をかけて対決!
身上半減の裁きにめげず、べらぼう魂で逆転商法を展開

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浮世絵カフェ蔦重の蔵書
絶版 洒落本3部作
「娼妓絹籭」「仕懸文庫」「青楼昼之世界錦之裏」山東京伝作

蔦屋重三郎がついに牢屋敷へ―。大河ドラマ「べらぼう」39話では、処罰を下される白洲にて蔦重と老中・松平定信が対面。最高権力者・定信に臆することなく、論戦を挑む蔦重の姿が印象的な回となりました。39話では、前話からの流れで「地本問屋仲間」を結成し、蔦重は行事を言いくるめて山東京伝の洒落本「娼妓絹籭」「仕懸文庫」「青楼昼之世界錦之裏」3作を発刊します。これは表向き教訓読本として発刊されましたが、内容は遊郭の男女の人間模様を描いた好色本で、出版を禁じられていたもの。蔦重は、「好色を書くことで好色を戒める」という理屈で発刊し、大ヒットして店は活気づいていましたが、与力と同心に踏み込まれ、絶版を命じられて蔦重と京伝はその場で捕らえられてしまいます。そして、白洲の場にて定信と対決。「どれもこれも女遊びの指南書だが、これのどこが好色でないと?」と詰問する定信に対し、蔦重は「跋文(あとがき)には遊びは身を滅ぼすと但し書きしております。ゆえにそれは教訓の本」と反論します。しかし、定信は好色本か教訓本かを判断するのは自分だとしたうえで、「心得違いを認め、かようなものは二度と出さぬと誓え」と蔦重に迫ります。これに対し蔦重もひるまず、魚は濁りのある水の方を選ぶというたとえ話から、人も魚も変わらないとしたいうえで「人ってのは、どうも濁りを求めるところがありまして、そこに行きゃあ旨い飯が食えて、おもしれえ遊びができたりして、怠けてても怒られねえ。そこへ行きたがるのが人情」と訴えます。そして、大胆にも「白河の清き魚にも棲みかねてもとの濁りの田沼恋しき」という、定信の政を批判した有名な狂歌を定信本人の前で諳んじます。当然、蔦重の意は定信に届かず、蔦重は牢獄へ押し込められ、拷問を受けます。そのピンチを救うため、妻・ていが立ち上がります。

ていはまず、定信の信を得る幕府の儒官・柴野栗山に面会し、夫の減刑を嘆願します。漢籍の教養をもつていは、栗山と論語対決を繰り広げながら、「夫が、女郎が身を売る揚げ代を客に倹約しろと言われていると嘆いておりました。遊里での礼儀や、女郎の身の上を伝えることで、女郎の身を案じ、礼儀を守る客を増やしたかったのだと思います」と、蔦重が3作を発刊した想いを代弁。そして、「女郎は親兄弟を助けるために売られてくる孝の者。不遇な孝の者を助くるは正しきこと。どうか、儒の道に損なわぬお裁きを願い出る次第にございます」と訴えました。結果、蔦重は命を奪われてもおかしくない状況から、「身上半減」との裁きを受けます。身上半減により、蔦重は財産を半分没収されただけでなく、お店の品や畳も半分、暖簾なども半分に切り取られましたが、蔦重はへこたれません。「身上半減店」の看板を掲げ、「身上半減の店は日本で蔦屋だけ」を売り文句に江戸の新名所として人々の注目を集め、商売を再開します。また、山東京伝も手鎖50日の刑と罰金が科せられましたが、この刑により名が一層広まる結果となりました。39話は、蔦重のべらぼうぶりが最も発揮された回になったような印象を受けましたが、今後もどのようなべらぼうぶりを発揮していくか、楽しみです。

【大河ドラマ~べらぼう】第38話

出版統制に挑む、蔦重の逆転の一手と仲間との絆

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「心学早染艸」山東京伝 作
出典 国書データベース

黄表紙、浮世絵などは、そもそも贅沢品。よからぬ考えを刷り込み、風紀を乱す元凶である。ならば、初めからそんなものは出さぬがよい―。大河ドラマ「べらぼう」38話では、老中・松平定信による出版統制の動きがエスカレートし、ついに「今後一切、新しい本を仕立ててはならぬ」と戯作や浮世絵に規制をかけた出版統制令が発布。これにより、江戸の地本は大きな危機を迎えることになりました。そのきっかけとなったのは、あきらかに蔦重が定信の政を皮肉るために出した黄表紙です。そのため、蔦重は江戸中の地本問屋やクリエイターたちに土下座をして謝罪。同時に触れの中にある「どうしても作りたい場合は、指図を受けろ」という文面に着目し、江戸中の地本問屋が大量の出版企画を持ち込み、指図を受けに行って奉行所が音を上げるのを待つという作戦を提案します。このシーンでは、ドラマの前半で蔦重と激しく対立してきた鶴屋とタッグを組んで地本問屋たちをまとめるという画期的なシーンが描かれました。彼らが団結していくなかで、前話から続いていた蔦重と山東京伝の対立も和解の方向へ向かい、過去のわだかまりを超えて「仲間」が作られていく様子が印象的でした。そしてもう一人、蔦重がこの逆境を乗り越えるためのキーマンとして頼ったのが、長谷川平蔵でした。この頃、江戸では前話で話題になった山東京伝の「心学早染艸」から、「悪玉提灯」と名付けられた提灯を持ち歩き、町で騒ぐ若い衆が出現。平蔵は、これらの者を収容し、真人間になるように教育して江戸の治安を守るための施設「人足寄場」を作るよう、定信に命じられていました。要するに江戸の治安維持のための重要人物として定信の信を得ている平蔵を味方に引き入れようとしたわけです。

蔦重はまず、平蔵を慰労するため吉原に一席設け、吉原と出版界を守ってほしいと懇願します。そして、蔦重の意を受けた平蔵は定信のもとを訪れ、「本など上方にまかせればよいと、それがしも考えます」と話します。どういう意味かを問う定信に対し、「実は今、上方の本屋が江戸に店を出してきているようで。江戸で新しき本が出せぬとなれば、上方が待ってましたとばかりに黄表紙も錦絵も作るようになる。黄表紙と錦絵は江戸の誇り。渡してなるものかと躍起になっておるようです。くだらぬ町方の意地の張り合いでございますよ」と話したところ、案の定、もともと黄表紙ファンであった定信は「くだらなくなかろう!江戸が上方に劣るなど、将軍家の威信にかかわる」と、考え直すことに。そして、地本も書物同様に株仲間を作り、「行事」という内容をチェックする役目の者を立て、行事の差配で本が出版されるシステム「地本問屋仲間」が結成されました。一方、35話で結婚して以来、妻・きよと幸せに暮らしていた喜多川歌麿でしたが、きよがそう毒(梅毒)に冒され、看病の甲斐なく病没。知らせを聞いた蔦重が駆けつけると、歌麿はきよの死を受け入れることができず、「まだ生きてっから」と無心にきよの絵を描き続けていました。蔦重が、半狂乱となる歌麿をきよの亡骸から引き離し、「おまえは鬼の子なんだ。生き残って命を描くんだ。それが俺たちの天命なんだよ」と言い聞かせますが、歌麿は号泣しながら蔦重に殴りかかります。歌麿がこの絶望からどのように立ち直り、美人画の巨匠として活躍するようになるのか、今後が楽しみです。

【大河ドラマ~べらぼう】第37話

武士は筆を折り、吉原は無法地帯に。出版文化と吉原の存亡をかけた蔦重の苦闘と、黄表紙を巡る二つの大喧嘩

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出所 浮世絵カフェ蔦重蔵書
傾城買四十八手 山東京伝作

寛政の改革下で恋川春町を失い、朋誠堂喜三二が去り、大田南畝も筆を措き―。大河ドラマ「べらぼう」37話では、老中・松平定信による出版統制により武士階級のクリエイターたちが次々に創作活動から身を引き、江戸の出版文化が大ピンチに。蔦重はこの状況を打開するため、町人を代表するクリエイター・北尾政演(山東京伝)に執筆を依頼しますが、政演も咎めを受けており、「俺も目をつけられてるんですよ~」と執筆をためらいます。一方、前話で春町の自死に大きな衝撃を受けた定信は、「世は思うがままには動かぬもの。そう諫言した者を、私は腹を切らせてしまいました。その者の死に報いるためにも、私は我が信ずるところを成し得ねばなりませぬ」と、春町の意思に反して改革への意欲をますます強めます。そして、借金を抱える旗本や御家人を救済するため、札差しに債務放棄などをさせる棄損令を発動。これにより、吉原で贅沢をしてきた金融業者の札差たちも財布のひもを締めるようになり、吉原は客足が大きく鈍る結果に。さらに、定信が「遊ぶところがあるから人は遊び、無駄金を使う。ならば遊ぶところをなくしてしまえばよい」と、田沼時代に歓楽街として大いに賑わった中州の遊郭を取り壊したことで、行き場を失った女郎たちが吉原に殺到。生活のために女郎たちが競って安値で身体を売ったため、吉原は無法地帯と化し、存亡の危機に追い込まれていきました。この状況を憂いた蔦重は、「倹約ばかりしてちゃあ景気が悪くなり、みんな貧乏。そのつけは立場の弱い奴に回る。そいうことをおもしろおかしく伝えたい」と、定信の倹約政策を皮肉った黄表紙を出版するため、京伝に筆を取るよう強く迫ります。しかし、これに妻・ていが猛反対。派手な夫婦喧嘩が繰り広げられました。

ていは、「旦那様はしょせん、市井の一本屋に過ぎません。立場の弱い方を救いたい、世を良くしたい。その志はよく分かりますが、少々、己を高く見積もり過ぎではないでしょうか」と、強く諫めます。一方、蔦重も「昔、陶朱公(古代中国の越の国の軍師として、優れた商人として成功した人物)のように生きろって言ったのはどなたでしたっけ」と反論します。そんな夫婦喧嘩を面前に、とまどいながらも京伝が生み出した大ヒット作が、女郎買いを指南する洒落本「傾城買四十八手」です。「傾城買四十八手」は、座敷や閨房を舞台とした遊女と客のやりとりが精緻な心理描写とともにユーモラスに描かれた、京伝の洒落本の代表作で、後世の作家たちに大きな影響を与えたと言われています。さらにその後、京伝は馴染みの花魁・菊園から持ちかけられ、心学の本「心学早染艸」を大和田という本屋から出版。内容は善い魂と悪い魂が一人の男の身体を巡って戦い、善の魂が勝利し善人として生きていくという話で、善玉、悪玉という言葉のルーツになった本です。要するに、定信が推し進める倹約や勤勉といった教えをエンタメ化したものでした。そのため、蔦重は「こんなにおもしろくされたら、みんな真似してどんどんふんどし(定信)を担いじまうじゃねえかよ」と大激怒。「おもしろいことこそ黄表紙には一番大事なことじゃねえですか」と反論し、大喧嘩の末、京伝は「俺はもう蔦重さんのところでは一切書かないです」と、袂を分かつことを宣言してしまいます。恋川春町、朋誠堂喜三二、大田南畝に続いて、頼みの綱だった山東京伝まで…。今後、蔦重がこの逆境をどう乗り越えていくのか楽しみです。

【大河ドラマ~べらぼう】第36話

豆腐の角に頭をぶつけて憤死す―。
黄表紙が招いた恋川春町の最期と松平定信の悔恨

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出典
国書データベース「悦贔屓蝦夷押領」 恋川春町作

寛政の改革による出版統制がいよいよ本格化。大河ドラマ「べらぼう」36話では当初、松平定信の政をわかりやすく風刺した新作、恋川春町作「鸚鵡返文武二道」と唐来三和作「天下一面鏡梅林」が大ヒット。さらに、前話で発刊した朋誠堂喜三二作「文武二道万石通」も売れ続け、蔦屋は絶好調でした。「定信が黄表紙のファン」という噂は本物と蔦重は自信を深め、勢いづいていましたが、お咎めがなかったのは、定信がただ政務に追われて黄表紙を見る余裕がなかっただけのこと。手に取って読んだとたんに定信の怒りを買い、上記3作は絶版処分を言い渡されました。そのため、喜三二は藩から𠮟責を受け、筆を折る覚悟を決め、春町は病気と称して隠居となったものの戯作活動は続けていくことになりました。そんな折、蝦夷地でクナシリ・メナシの戦いが勃発。すぐさま松前藩が鎮圧したものの、「そもそもアイヌ民族たちが蜂起した理由は松前家および請負商人たちによるひどい扱いによるもの。さらに鎮圧の仕方も残虐非道なものであった」との報告が入ります。これにより、定信は蝦夷地を松前家から召し上げ、幕府の直轄地とする方針を打ち出します。しかし、蝦夷地の上げ地は元々、田沼意次が計画していたもの。そのため、将軍の実父・紀伊の徳川治済が「田沼病と笑われぬか?(幕府の)財政を立て直すために松前から蝦夷を取り上げるのは、まぎれもなく田沼の発明であろう」と横やりを入れます。そして、定信のひざ元へ恋川春町作の黄表紙「悦贔屓蝦夷押領」を放り投げます。これが、春町の悲劇の始まりとなりました。

「悦贔屓蝦夷押領」は、田沼が立てた手柄を定信が横取りするという皮肉を込めたもの。これが定信の逆鱗に触れ、春町は名指しで出頭を命じられます。これに慌てた春町は蔦重に相談。蔦重は、一度死んだことにして逃げ延び、絵や戯作を生業とする別人として生きていくことを提案します。春町も一度はその方向で覚悟を決め、主君である松平信義に「それがしが死んでしまえば責める先がなくなる。殿もこれ以上しつこく言われることもなくなるでしょうし…」と話し、その支度を蔦重が整えてくれること、その支度が整うまでの間は「春町は病で参上できない」と、頭を下げてもらうことを願い出ます。これに対して信義は「恋川春町は当家唯一の自慢。私の密かな誇りであった。そなたの筆が生き延びるのであれば、頭なんぞいくらでも下げようぞ」と快諾します。しかし、信義から報告を受けた定信は、春町の病気というのを疑い、自ら春町のもとを訪れると告げます。万事休した春町は、その日の夜に切腹し、豆腐の入った水桶に頭を突っ込んで(豆腐の角に頭をぶつけて死んだを再現して)絶命。後日、信義は定信のもとを訪れ、春町の死を報告しながら「豆腐の角に頭をぶつけて…。御公儀を謀ったことに倉橋格(春町の本名)としては腹を切って詫びるべきと。恋川春町としては死してなお、世を笑わすべきと考えたのではないかと、版元の蔦屋重三郎が申しておりました。そして、戯ければ腹を切らねばならぬ世とはいったい誰を幸せにするのか―。学のない本屋ふぜいにはわかりかねぬと」と話していたことを告げます。これを聞いた定信はふらふらと立ち上がり、積まれた布団に顔をうずめて一人で号泣。おそらく定信の黄表紙ファンは本物で、好きなものを取り締まったこと、春町を死に追いやってしまったことへの深い悔恨の念が溢れ出たことを描いたものと思われます。

【大河ドラマ~べらぼう】第35話

からかうつもりが、まさかの応援団に―。
勘違いで盛り上がる改革ムードのなか、禁断の出版を決意

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出典 大英博物館
歌まくら 喜多川歌麿

「こんなはずじゃなかった…」「そんな意味で言ったわけじゃないのに!」ということ、よくありますよね。大河ドラマ「べらぼう」35話では、前話で出版した松平定信の政を茶化した黄表紙が爆売れ。皮肉が全く理解されず、蔦重の意に反して定信の政を応援しているような流れになってしまいました。定信をとくに喜ばせたのは、朋誠堂喜三二作の「文武二道万石通」。物語は鎌倉幕府の初代将軍・源頼朝から命じられた畠山重忠が、武士たちを「文に秀でた者」と「武に秀でた者」と「どうにもならない、ぬらくら」の3タイプに分けたものの、ぬらくら武士が大多数だったため、試練を与えて性分を叩き直すというもの。しかし、ぬらくら武士の性分は変わらず、滑稽な姿がユーモアたっぷりに描かれたため、だらしない姿が読者の失笑を誘いました。これは、当時の武士社会を皮肉ったもので、幕府の政策や武士の堕落を風刺したものでした。しかし、畠山重忠の着物に松平家の家紋・梅鉢紋が描かれていたことから、定信は自分への賛辞と勘違い。黄表紙の密かなファンでもあった定信は「蔦重大明神がそれがしを励ましてくれている。大明神は、私がぬらくら武士たちを鍛え直し、田沼病に侵された世を立て直すことをお望みだ」と大喜びし、改革へのモチベーションを上げる材料になってしまいました。世間にもこれが受け入れられ、大ヒットとなるものの、からかいの意図が全く伝わっていないことに蔦重は頭を抱えます。そして、今度はもう少し皮肉をわかりやすくしようと、作戦を練り始めます。そんな折、喜多川歌麿が一人の女性・きよを伴って蔦重のもとを訪れました。

きよは、30話で歌麿が亡霊に苦しみスランプに陥っていたとき、廃寺でまき散らした絵を拾い集めてくれた女性。歌麿は、耳が不自由で洗濯女として暮らしていたきよと再会し、黙々と洗濯するきよを描く日々を過ごしていました。その日々の中できよと心を通わせた歌麿は、蔦重にきよと所帯をもちたいと告げ、「俺、ちゃんとしてえんだ。ちゃんと名をあげて、金も稼いで、おきよにいいもん着させて、いいもん食わせて、ちゃんと幸せにしてえんだ」訴えます。そして、亡くなった師匠・石燕の仕事場を借りてきよと暮らすつもりだと説明しつつ「これ、買い取ってもらえねえかな」と蔦重に紙の束を差し出しました。受け取った絵は笑い絵(春画)で、蔦重も妻・ていも無言で見入ります。過去の辛い経験から描くことができなかった春画を見事に描いた歌麿に深く心が揺さぶられた蔦重は、応援の意思も込めて百両の大金を手渡しました。そして、もっと強い風刺を効かせた次作として、恋川春町作「鸚鵡返文武二道」の出版を決意。これは、ていが「あまりにもからかいが過ぎるのではないでしょうか」と出版に反対した問題作。この決断が後にどんな災い呼ぶことになるのか―。次の36話以降は、蔦重に大きな試練が待ち受けていそうです。