蔦重の世界に浸り浮世絵を眺めながら
こだわりコーヒーが飲めるカフェ
- 浅草 吉原 浮世絵カフェ 蔦重 -




大河ドラマ「べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜」の主人公である蔦屋重三郎は新吉原大門前の五十間通り左側に店を構えていました。
浮世絵カフェは台東区千束4丁目11番地と蔦屋重三郎が耕書堂のほぼ発祥地に所在します。正確な場所は不明ながら「吉原細見」の地図を見る限り、浮世絵カフェのある場所が耕書堂のあった場所の近くだと推測されます。
浮世絵カフェでは耕書堂が扱っていた書籍や浮世絵を展示販売します。蔦重と絵師・戯作者の北尾重政・恋川春町・朋誠堂喜三二・山東京伝・歌麿・写楽・北斎たちがつくった江戸時代の「オリジナル」和書や、浮世絵を常時30~作品ほど展示します。あわせて現代摺師彫師の作品を展示販売します。江戸時代から変わらない伝統技術を継承している本物の手摺木版画を見て、触って購入できます。
入館無料です。浮世絵カフェは名前そのままで、浮世絵を愉しみながらおいしいカフェタイムを過ごしていただく店舗です。ハンドドリップ珈琲や自然栽培のお茶とあわせて本物の「手摺木版画」の世界を体験してください。
ニュース
浮世絵今昔~コラム
- 甘露梅(かんろばい) 2026年7月11日
新吉原を代表する贈答菓子ご贔屓客に配られた通のあかし 甘露梅は、江戸時代の新吉原を代表する名物菓子で、青梅を赤紫蘇の葉で包み、砂糖漬けにした上品な保存菓子です。現在では小田原名物として求肥と餡を使った「甘露梅」が知られていますが、本来の甘露梅は新吉原で生まれた梅菓子でした。 甘露梅が作られ始めたのは十八世紀中頃で、最初に製法を考案したのは、新吉原の菓子商「松屋庄兵衛」と伝えられています。『吉原大全』(1768年)には「甘露梅は松屋庄兵衛手製しはじむ」と記され、さらに『郭中名物論』(1780年)では「吉原第一の名物」と紹介されるほど人気を集めました。水道尻にあった「山口屋半四郎」も同じく吉原名物として知られたようで蔦屋重三郎が刊行した「吉原細見 籬乃花 」 安永4年(1775) でも巻末の吉原名物の一覧で紹介されています。「松屋が初めて販売したようですが、実際には各郭で手製にてつくっていたのが先か?松屋が先か?判然としません。守貞漫稿では「桐折大さ長四寸約15cm 幅二寸八約10.5cm分 高二寸約8cm。 蓋けだし上げ底にて梅一層およそ二十四顆かを納む。柔核の小梅に一顆か毎に紫蘇葉に包み製す」と紹介されている。 新吉原の引手茶屋や妓楼でも甘露梅を手製していました。毎年五月頃、梅の実がまだ青いうちに収穫し、一粒ずつ丁寧に種を抜きます。その実を赤紫蘇の葉で包み、たっぷりの砂糖とともに甕へ漬け込みます。漬け込み期間は半年から一年半にも及び、さらに熟成させて翌年、あるいは二年後の正月に完成品として取り出しました。この長い熟成期間によって、梅の酸味がまろやかになり、紫蘇の香りと砂糖の甘味が一体となった深い風味が生まれました。妓楼では遊女たちも総出で仕込みを行ったと伝えられています。 その味わいは、現在の梅干しとは大きく異なります。口に入れると、まず砂糖のやさしい甘味が広がり、その後に青梅特有の爽やかな酸味と赤紫蘇の香りが追いかけてきます。果肉は柔らかく、蜜を含んだ上品な甘酸っぱさが特徴で、濃い茶や酒の席にもよく合いました。一部では山椒もつかって甘酸っぱさにぴりりと辛みも効かせたようです。保存性も高く、見た目も美しかったことから、高級な贈答品として珍重されました。 甘露梅は一般販売される菓子というより、正月に上客へ贈る特別な進物でした。新吉原では一年間世話になった大店の主人や豪商、大名、旗本などの常連客へ、妓楼や引手茶屋が自家製の甘露梅を贈る習慣がありました。そのため「吉原の正月といえば甘露梅」といわれるほど、格式ある贈答品となりました。 新吉原を舞台に活躍した山東京伝や、版元として吉原文化を広めた蔦屋重三郎の時代には、甘露梅はすでに吉原名物として広く知られていました。また、「甘露梅、女芸者の加役なり」という川柳が残されており、芸者や遊女が贈答品の準備に関わる様子が当時の風俗として親しまれていたことがうかがえます。 甘露梅は単なる菓子ではなく、新吉原のもてなしの心と贈答文化を象徴する名物でした。一粒の小さな梅には、遊女たちの手仕事、季節感、そして上客への感謝の気持ちが込められていたのです。 甘露梅の作り方「仲ノ町 甘露梅の仕込み図」画:歌川豊国 3世 刊行年:文政年間More - 甘藷百珍(いもひゃくちん) 2026年6月11日
書名:『甘藷百珍』 刊行年 文化13 もしくは寛政11年(1799年) 諸説あり板元〈江戸〉鶴屋/金助 〈京〉堺屋/嘉七 〈大阪〉塩屋/長兵衛 〈大阪〉塩屋/喜助作者:浪華の文人 珍古楼主人(ちんころうしゅじん) • 内容:サツマイモを用いた料理約123種を紹介 • 分類:江戸時代の「百珍物」 【概要】 『甘藷百珍(かんしょひゃくちん)』は、江戸時代後期の寛政11年(1799年)に刊行された、サツマイモ(甘藷)料理を集めた料理書です。※「百珍物」と呼ばれる料理本の一つで、日本の食文化史を知るうえで重要な書物として知られています。『甘藷百珍』には単なる料理法だけでなく、 食材の選び方 調理の火加減 盛り付け 酒席や季節に応じた献立 なども記されており、江戸後期の豊かな食文化と美意識を伝えています。当時の庶民の食生活を知る貴重な史料です。 焼芋は江戸庶民の人気のおやつであり、 「栗(九里)より(四里)うまい十三里」という売り声で知られていました。 サツマイモが救荒作物から日常食やご馳走へと変化した過程を示しており江戸人の創意工夫を垣間見れます。 さつまいものレシピを4カテゴリーに分類して123種紹介している。 奇品 (めずらしい料理)63品 尋常品(一般的な料理) 21品 妙品(くふうした料理) 28品 絶品 (おすすめ料理)11品 ※「百珍物」とは、一つの食材について多種多様な料理法を紹介する料理書で、『豆腐百珍』(1782年)の流行に続いて出版されました。※ 書名 刊行年 主な食材 『豆腐百珍』 1782年 豆腐 『万宝料理秘密箱』 1785年 各種料理 『甘藷百珍』 1799年 サツマイモ 『蒟蒻百珍』 1846年 コンニャク 当店、浮世絵カフェでは絶品から「いも田楽」と奇品から「御手洗いも」を再現してご提供しております。 ■いも田楽 (絶品)レシピ 「甘藷を蒸し、皮を去り、寸ばかりに切り、串にさし、味噌を塗りて焼く。」 サツマイモを蒸す。 皮をむく。 一寸(約3cm)ほどの大きさに切る。 串に刺す。 味噌を塗る。 炭火で香ばしく焼く。 ■御手洗芋(奇品) レシピ 「生にて擦り、麺粉少し入れ、金柑の大さに取りて蒸しあげ、青竹の串に五つ宛さし、砂糖豆油つけ焼きにする」 1 生のサツマイモをすりおろす。 2 小麦粉(うどん粉)を少量加える。 3 金柑ほどの大きさに丸める。 4 蒸し上げる。 5 青竹の串に5個ずつ刺す。 6 砂糖醤油をつけながら焼く。 甘藷百珍 出典 国書データベースMore - 「青楼後朝雨」(せいろう きぬぎぬのあめ) 2026年6月6日
版元;蔦屋重三郎画師;栄松斎長喜刊行年;寛政4年から10年 当店の蔵書は昭和年代の複製出典;画像はボストン博物館 『青楼後朝雨』 は、寛政期を代表する浮世絵師・栄松斎長喜による美人画である。描かれた場所は大店の松葉屋の花魁、禿達の朝の様子を描いたようです。後朝の花魁の気持ちを代弁したようなウエット的(雨)な発句が寄せてあり、題名の後朝の雨につながっているようです。「後朝(きぬぎぬ)」とは男女が契りを交わした翌朝を意味し、平安文学以来の恋愛表現として広く知られていた。本図は吉原遊郭を舞台に、客との別れの後に訪れるけだるく物寂しい朝の情景を描いている。 この作品は単なる「美人画」ではなく、吉原文化の物語性を一枚の画面に凝縮した作品として評価できます。 「後朝(きぬぎぬ)」とは本来、 遊客が帰る朝 男女が別れる朝 交歓の余韻が残る時間 を意味します。江戸の吉原では、客は明け六つ(早朝)まで滞在し、その後に大門から帰りました。 長喜はこの瞬間を、 雨 朝の静寂 女性の仕草 によって詩的に表現しています。雨は単なる気象表現ではなく、「恋の名残」「別離の寂しさ」を象徴していると考えられます。遊女の心に残る恋の余韻や別離の哀感を象徴する。こうした情緒性は、華やかな吉原文化の裏側にある人間の感情を描き出したものとして高く評価される。 余談ですが、後朝をテーマにした和歌が平安時代の源氏物語や万葉集などに多数掲載されています。「後朝の文(ふみ)」と言って、帰宅後に男性から女性に手紙や和歌を送る風習がありました。江戸時代でも廓の女郎がマブと手紙のやりとりをしていたようです。 源氏物語から後朝の文の一例。 見てもまた逢ふ夜まれなる夢のうちに やがてまぎるる我が身ともがな これは、光源氏が義母と禁断の恋愛での光が後朝に詠んだものです。 【栄松斎長喜】 長喜は鳥山石燕門下に学び、喜多川歌麿と同門の絵師であった。出自も年齢も不明確で謎多き絵師でした。歌麿が女性の表情や心理を大首絵によって追求したのに対し、長喜は全身像による優雅な姿態表現を得意とした。細長い首、しなやかな身体、流れるような衣文線は長喜独自の様式であり、本図にもその特色が顕著にみられる。 長喜は版元・蔦屋重三郎に見出され、歌麿・写楽と並ぶ重要な絵師として売り出された。ポスト歌麿の最有力候補だった。本図も蔦屋が推進した寛政期美人画の流れのなかで生み出された代表作の一つであり、吉原文化と浮世絵出版文化の成熟を示す貴重な作品です。More - 「梅樹下の馬」(ばいじゅかのうま) 2026年5月25日
画工 北尾重政版元 不明刊行年 不明 私が個人的にも好む清々しい錦絵です。満開の梅が咲き乱れる初春の水辺で、毛色の異なる3頭の馬がのどかに戯れる様子を描いた牧歌的な作品です。梅の香り、爽やか水風を感じさせる配色が素晴らしい。 見どころ:馬の毛並みやふくらみなどが、「空摺(からずり)」という凹凸をつける技法によって立体的に表現されています。空摺とは、絵具を使用せずに摺師の手作業で凹模様(エンボス加工)を和紙に付ける手法。動物の毛、鳥の羽、草花、雪、着物の柄など様々な要素の表現に用いられてきました。鈴木春信や喜多川歌麿も盛んに用いたと言われています。北尾重政は空摺の独特の技法を活かし、馬の存在感をより強調したのです。 当店蔵書はアダチ版画の復刻版です。More
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【営業案内】
住所: 台東区千束4-11-16 ササジマビルディング1階
営業時間: 金曜 11:00~18:00
土日 9:30~18:00
定休日: 不定休
TEL: 03-5808-9448





























