今様三體志

「真行草」3体で男女の関係性の変化を表現
国貞が描く巧妙な構成が光る艶本の傑作

画工:不器用亦平 (ぶきようまたへい) 歌川国貞(豊国三代)
著:百垣千研(ももがきせんけん)
刊行年:文政12年(1829年)

浮世絵カフェ蔦重では、8月29日から歌川国貞の『今様三体志』の豆本制作ワークショップを開始しました。あわせて、オリジナルの本も展示中です。これまで春画・艶本は展示してなかったのですが、人気があるので適宜イベントなど開催したいと思います。その第一回目が三体志です。

歌川国貞の『今様三体志(いまようさんたいし)』は、文政12年(1829年)に刊行された江戸時代の「艶本(えんぽん)」と呼ばれる春画(しゅんが)の絵本・和本です。著者は百垣千研(ももがきせんけん)、作画は歌川国貞が「不器用亦平(ぶきようまたへい)」という春画用の別名義(偽名)を使って描いています。

主な内容と特徴構成と形式全3冊(上・中・下巻の三冊)の和本(半紙判)形式で構成されています。浮世絵カフェの豆本「三体志」はそのうちの上巻です。見開きの彩色木版画イラストが多数収録されており、上巻には見開き画面10図(うち春画が4図、その他は美人図など)が含まれる構成になっています。タイトルの由来と趣向タイトルにある「三体志」は、中国の有名な詩集『三体詩』のパロディー(もじり)です。

江戸時代の春画や艶本では、古典や有名な文学作品のタイトルを洒落(しゃれ)や現代風(今様)にアレンジして、男女の情愛や性愛を描くのが定番の仕掛けでした。描かれている世界は国貞の得意とする江戸後期の粋な美人画や男女のリアルな風俗・情愛が、緻密な多色摺り(錦絵)で美しく描かれています。当時の人々の衣装、髪型、部屋の調度品なども非常に細かく描写されているため、当時の風俗を知る歴史的資料としても評価されています。当時は幕府の取り締まり(風紀規制)があったため、作者や絵師は本名を伏せ、版元(出版社)も名前を隠して問屋ルートではなく、いわば地下ルートで流通させていました。

【構成の解説】序文から読み進めると、千研と国貞の高度な教養と3重の巧みな文章校正に魅せられていくでしょう。そこには「三體」とかけて「真・行・草」で描かれた段階的な男女の関係が見えてきます。

本作の題名「三體」の意味を解く鍵となるのが、百垣千研による序文である。まず中国の『三體詩』を引き、そこから書道の「真・行・草」という三体へ話を転じる。本作でいう真・行・草は単なる書体の分類ではありません。美人画や役者絵で衣装表現に卓越した国貞にとって、「真・行・草」を装いの変化によって視覚化するという発想は、その画技を生かす格好の趣向でした。「真」は社会に向けた整った表向きの姿、「行」はその行儀や形式が崩れ始めた姿、「草」は職業的・社会的な関係から離れ、私的な男女関係が前面に現れる姿である。書道と同じく真書から草書にむかって乱れるようなイメージです。

第一冊での構造は「吉原」と「江戸芸者」で異なる場面を用いながら共通して展開されています。『今様三體志』は、単なる性愛図の集成ではない。江戸人特有の言葉遊びと国貞の華麗な衣装表現を結びつけ、社会的な「装い」から私的な「身体」へと移行していく過程そのものを楽しませる、知的な仕掛けを備えた艶本なので

参考【三体詩(さんたいし)】
 南宋の周弼の編集した唐代の詩集です。 七言絶句、七言律詩、五言律詩の三つの形式(三体)に限り、 唐の167人の作、494首を収めています。

巧妙な仕掛けについてすこし解説
「真」は麻裃(あさかみしも)や打掛を着た表向きの正式な姿、「行」は行儀を少し崩し、襦袢、小紋、羽織などを着流した姿として説明される。そして「草」へ進むにつれて、男女の装いや振る舞いはいっそう私的なものとなっていく。すなわち、書道において真書から行書、草書へ文字の形が崩れていくように、人間も正式な衣装と行儀から次第に解放され、男女の私的な世界へ入っていくのである。さらに序文後半では「體」という文字自体が言葉遊びの対象となる。「人は一體、萬物の靈」としたうえで、男と女を「二體」と捉え、そこから三體、四體、五體などへ意味を展開していく。したがって『今様三體志』の「三體」には、中国文学の『三體詩』、書道の「真・行・草」、そして男女の「身体」という少なくとも三つの意味が重ねられている。文学から書へ、書から衣装へ、衣装から身体へ、そして男女の性愛へ――。「體」という一字の意味を次々と転じていくところに、この序文の巧妙な趣向がある。

また、国貞が描く麻裃、打掛、襦袢、小紋、羽織、着流しなどの衣装を具体的に列挙している点にも注目したい。美人画や役者絵で衣装表現に卓越した国貞にとって、「真・行・草」を装いの変化によって視覚化するという発想は、その画技を生かす格好の趣向であった。『今様三體志』は、単なる性愛図の集成ではない。江戸人特有の言葉遊びと国貞の華麗な衣装表現を結びつけ、社会的な「装い」から私的な「身体」へと移行していく過程そのものを楽しませる、知的な仕掛けを備えた艶本なのである。

第一冊概要

『今様三體志』第一冊は、大きく「序文」「吉原 真・行・草」「江戸藝者 真・行・草」の二系列によって構成される。

作品名の「三體」は書道の真・行・草になぞらえた趣向である。しかし第一冊全体を通読すると、単に書体名を借りただけではなく、人物の衣装、行儀、職業上の立場、場所、言葉遣い、男女の距離そのものを、「真」から「行」、さらに「草」へ段階的に崩していくことが基本構造と考えられる。

「真」は社会に向けた整った姿、「行」はその行儀や形式が崩れ始めた姿、「草」は職業的・社会的な関係から離れ、私的な男女関係が前面に現れる姿である。第一冊での構造は「吉原」と「江戸芸者」で異なる場面を用いながら共通して展開される。

序末には「己丑はつ春 東都の淫史 百垣千研戯題」とあり、文政十二年己丑の新春に序が記されたことを示している。

凡例

  • 原文翻刻:原画像から確認できる文字を起こしたもの。
  • 校訂本文:変体仮名・異体字を通常字体に改め、句読点を補ったもの。
  • 〔 〕:推読。 □:判読未確定。
  • 現代語訳:確定本文を中心とした訳。未読部分を想像で補わない。
  • 作品解釈:原文・挿絵・第一冊全体の構成から導く考察。翻刻上の事実とは区別する。

 序文

1. 現代語訳 

中国の『三體詩』になぞらえ、本書では書道の真・行・草を、当世の男女の姿に置き換えて見せようというのである。「真」は正式な表向きの姿。「行」はその行儀を少し崩した姿。そして「草」では社会的な形式がさらに崩れ、生身の男女の世界へ近づいていく。後半では「體」を「書体」だけでなく「身体」の意味にも掛け、一体、二体、三体……という艶笑的な言葉遊びへ展開する。

2.語注

  • 三體詩:中国詩の分類に由来する名称。
  • 真・行・草:真書・行書・草書。文字の形が次第に崩れる。
  • 麻上下:麻裃。正式な男性衣装。
  • 打掛:女性の正式・華麗な衣装。
  • 行義:「行儀」と「行」を掛けたもの。
  • 體:「書体」と「身体」を掛ける本書最大の仕掛け。
【第一図】 仲ノ町の桜並木

満開の桜に包まれた新吉原の春景を描く見開き図。画面中央を桜が埋め尽くし、その向こうには妓楼と思われる建物が斜めに延びる。二階の欄干からは華やかな装いの女性たちが身を乗り出すように往来を眺め、画面下には大きな傘を差した人々が行き交う。

構図としては、
上=妓楼の二階から往来を見る人々
中央=満開の桜
下=桜の下を行き交う人々

という三層構造になっています。面白いのは、主役であるはずの人物をあえて桜と傘で隠していることです。

江戸時代の新吉原では、春になると桜を植えて仲之町を華やかに飾り、遊廓全体を花見の空間として演出した。したがって本図の桜は単なる自然景観ではなく、吉原が季節ごとに作り出した「非日常」の象徴でもある。

国貞は人物を画面の中心に置かず、満開の桜と大きな傘によってその姿を部分的に隠している。二階から往来を見る女性、桜を見ながら歩く人々、そして彼らを見る鑑賞者という複数の視線が交錯し、吉原が「見る」と同時に「見られる」社交と遊興の場であったことを印象づける。

特に画面を覆う桜、妓楼の建築、華麗な衣装、大きな傘を組み合わせた構図は、吉原そのものを一つの舞台として見せる効果を生んでいる。ここで描かれているのは単なる花見ではなく、季節、装い、人間、建築が一体となって作り出す「吉原の春」なのである。

【第二図】花曇り朧月夜の廓内

吉原の桜を描いた前図から場面を転じ、夜中の妓楼内部と思われる空間に二人の女性を描く。左の女性は青い着物姿で身体を前へ傾け、右の女性に顔を寄せる。対する女性は淡色の着物に青い襟をのぞかせ、比較的整った姿勢で相手の言葉を聞いているように見える。

背後には松や大きな葉をつけた植物、庭園の装飾物が配され、上部には大きな赤提灯が吊られている。左下には花や食物、器物などを組み合わせた飾りも見え、吉原の華やかな遊興空間が細部まで表現されている。

前図では満開の桜と往来、妓楼の建築が大きく描かれ、人物はその中の小さな存在であった。それに対して本図では視点が妓楼の内側へ移り、女性たちの衣装、姿勢、身振りが鑑賞の中心となる。

吉原の外景を描いた前図から、妓楼内部の女性たちへ――。この画面の移行は、華やかな吉原の「表」から、そこで暮らす女性たちのより身近な世界へ鑑賞者を導く役割を果たしているように見える。

【第3図】 雪中の相合傘

 男性が番傘を差し、その傘の下へ女性が身体を寄せています。二人の肩はほとんど重なり、女性は男性の胸元に寄り添うような姿勢です。男性は青系の着物に羽織、女性も青を基調とする防寒的な装いで、二人とも雪の中を歩いています。ここで非常に重要なのが、「一本の傘」です。単に雪を避ける道具ではなく、男女二人だけの小さな空間を作っています。後世いうところの「相合傘」に近い視覚表現であり、二人の親密さを説明なしで伝えています。

【第4図】 遊女・禿・客の座敷

豪華な座敷に、高位の遊女と思われる女性、禿、男性客の三人を描く。遊女は多数の簪や笄を挿した華麗な髪型に、赤と青緑を基調とする豪華な衣装をまとい、その前には紫の着物姿の禿が控える。右側には青い着物の男性客が座り、三者によって吉原の座敷における人間関係が表されている。

背景には尾羽を広げた孔雀と花木が大きく描かれ、室内全体が華麗な装飾空間として構成されている。とりわけ、豪華な羽を持つ孔雀と、簪や衣装で華やかに装った遊女との視覚的な対応は印象的である。遊女自身が、吉原において「見られる華」であったことを象徴するような構成といえよう。

男性の手前には開かれた冊子が置かれている。内容までは特定できないものの、酒宴だけではなく、読書や文芸などの文化的要素を座敷の小道具として描いている点も興味深い。

『今様三體志』の序文では、書の「真・行・草」を男女の衣装や振る舞いになぞらえ、「真」を表向きの整った姿として説明している。本図の遊女は髪を正式に結い、多数の髪飾りを挿し、豪華な衣装をまとって禿を従えており、まさに客に対して見せる「表向き」の姿である。この意味で、本図は序文にいう「真」の世界を考えるうえで重要な一図とみられる。

華麗な衣装、孔雀、花、座敷の調度――国貞はこれらを画面いっぱいに重ねることによって、吉原の格式と華美を視覚化している。

【吉原・真】

1.現代語訳

宴が終わり、夜も深くなった吉原。華やかな座敷の裏では、遊女が馴染み客に「昨夜はどうして帰ってしまったの」と私的な感情をのぞかせる。

2.絵の解説

対応する図では、華麗に装った遊女、禿、男性客が座敷にいる。遊女は多数の簪を挿し、豪華な衣装をまとっている。背景には孔雀や花などの華麗な装飾があり、吉原の格式ある「表」を表す。

3.語注

  • 杯盤狼藉:宴の後、杯・皿などが散乱した状態。
  • 女郎:ここでは吉原の遊女。
  • 禿:高位の遊女に付き従う少女。

4.「真」の位置づけ

吉原における「真」は、遊女として客前に見せる正式な姿である。衣装、髪型、禿、座敷、客との関係が、まだ社会的な形式を保っている。

 【吉原・行】

1.現代語訳

遊女と馴染み客が、遠慮のない口調で互いをからかったり言い返したりする。接客上の格式より、男女としての親しさが前面に現れる。

2.絵の解説

男女二人だけの寝所である。「真」に存在した禿など第三者は姿を消し、男女の身体的距離も近くなる。女性の衣服は崩れているが、髪にはまだ多数の簪が残り、遊女としての形式を完全には失っていない。

3.「行」の位置づけ

序文の「行は行義をすこし崩して」を最も素直に示す。「真」を完全に捨てず、遊女としての形を残しながら少し崩す状態である。

 【吉原・草】

1. 現代語訳

客と遊女という社会的な関係よりも、一組の男女としての私的な会話と身体関係が前面に出る。

2.絵の解説

女性は煙管を持ち、男性と非常に親密な状態にある。周囲には茶器、料理、皿、箸などが置かれている。単なる性愛図ではなく、「食べる・飲む・煙草を吸う・男女として過ごす」という私生活そのものが描かれている。

3.「草」の位置づけ

草:草書のように、元の社会的な形を大きく崩した状態。

「遊女と客」という職業上の関係が後退し、「女と男」という私的な関係が中心になる。

吉原・三體総括

項目
場所表座敷寝所私的生活空間
女性正装した遊女遊女の形を残す私的な女性
第三者禿ありなしなし
男女関係遊女と客馴染み男女一対一
会話表向きを残すくだける身体・性愛へ
基本原理整える少し崩す大きく崩す

江戸藝者・真

1. 現代語訳

江戸の芸者が座敷へ上がり、三味線や音曲によって客を楽しませる。これが芸者にとっての「表向き」、すなわち「真」である。

2.絵の解説

三味線を奏でる芸者、酒盃を持つ男性客、銚子を持つもう一人の女性が描かれる。手前には魚料理、猪口、皿、箸なども描かれる。吉原の「真」が華麗な正装を中心としたのに対し、江戸芸者の「真」を象徴するのは「三味線=芸」である。

3.語注

  • 深川:最大規模の岡場所が深川にあった。非公認の歓楽街。江戸芸者文化の重要な地域でもある。
  • 音曲:三味線などによる音楽・芸能。
  • 三味線:芸者の職業的な「表の顔」を象徴する小道具。

4.「真」の位置づけ

芸者が芸者として客前で果たす職業的役割が「真」である。

 江戸藝者・行

1.現代語訳

芸者たちの表向きの座敷から離れ、芸者仲間の人間関係や感情が露出していく。「姉さん」と呼ばれる先輩格の女性を含むやり取りがあり、その先に湯屋での騒動が展開するものと考えられる。

2.絵の解説――湯屋の喧嘩

女性たちの喧嘩・揉み合いと読む方が有力である。女性たちは相手をつかむ、組み付く、押さえる、引き離す、桶を振り上げるといった動作をする。全員が同じ側の喧嘩当事者というより、喧嘩する女性、止める女性、騒ぎに巻き込まれる女性という構図の可能性がある。

3.喧嘩の原因について

絵から確認できるのは、「江戸藝者・行」であること、「姉さん」という呼称があること、湯屋で複数の女性が揉み合っていることである。作品構成からは、芸者同士の客への贔屓・親密さ、あるいは馴染みをめぐる競争が背景にある可能性がある。

4.「行」の位置づけ

「真」では芸者たちは三味線を奏で、客前で行儀よく振る舞っていた。「行」では湯屋で行儀が崩れ、感情を露わにして喧嘩する。すなわち「行書として形を崩す」と「行儀を崩す」という二重の洒落になっている可能性が高い。

 江戸藝者・草

1.現代語訳

芸者仲間や座敷の社会的関係は消え、一人の芸者と一人の男性だけの私的な関係になる。

2.絵の解説

画面には一組の男女だけがいる。着物は完全に消えるのではなく、身体の周囲で大きく崩れている。周囲には化粧道具、櫛、箱、脱ぎ置かれた衣類などがあり、芸者の客前の世界ではなく、女性の私室であることが強調される。

3.語注

  • 草:草書。形を大幅に省略・連綿させる書体。この図では衣服・社会関係ともに「原形を残しながら大胆に崩す」ことと対応すると考えられる。

4.「草」の位置づけ

「真」で存在した芸者集団も、「行」で争った女性たちも消え、「一人の男+一人の女」だけが残る。

江戸藝者・三體総括

項目
場所座敷湯屋私室
芸者の状態職業的感情的・日常的私的
象徴三味線喧嘩・湯桶男女一対一
男性客いる画面にはいない一人いる
女性複数多数一人
社会性高い崩れる最も低い
「崩し」形式を守る行儀を崩す社会的形式を大きく崩す

第一冊総論――「真・行・草」とは何を分類しているのか

第一冊を通読すると、重要な事実が見えてくる。三體が分類しているのは、裸身の程度ではない。江戸芸者「行」の湯屋では女性たちは裸であるが、「草」では男女に衣服が残っている。したがって「裸になるほど草」ではない。

分類されているのは、社会的な形式がどこまで崩れたかである。

真:社会的に整えた人物。遊女なら遊女として、芸者なら芸者として、職業・身分・行儀を保っている。

行:その形式を少し崩す。馴染みとの私的な会話、芸者仲間の感情・競争、喧嘩など、社会的な顔の裏側が現れる。

草:社会的な形式を大きく崩す。遊女・芸者・客という役割よりも、一人の女と一人の男という私的関係が中心になる。

すなわち「真=社会の顔」「行=日常の顔・感情」「草=私的な男女」という構造である。

書の三体を江戸の生活と男女関係へ置き換えたところに、『今様三體志』最大の趣向がある。

また絵には、三味線、煙管、酒器、料理、簪、着物、湯桶、化粧道具、夜具など、文政期の生活用品が細密に描かれる。本書は艶本であると同時に、当世の衣食住、遊興、職業、男女関係を視覚化した、優れた江戸風俗資料として読むことができる。

※翻刻と現代語訳はできるかぎり正確に記載しています。ただしその正確性は一切保証できません。あくまでも趣味人の手習いレベルです。ご参考程度にお願いいたします。