季節展示7月~『Die Momochidori des Kitagawa Utamaro』百千鳥狂歌合

ヨーロッパで浮世絵ブームを作ったDr.ユリウス・クルト

7月からの新展示作品のご紹介です。

著名な歌麿・写楽の浮世絵研究家であるDr.ユリウス・クルトが制作した『Die Momochidori des Kitagawa Utamaro』です。国書データベースで調べたかぎりでは本書は国内に現存する蔵書は2冊と稀書です。そもそもベルリンで1912年に300部だけ限定で制作された学者・画家・パトロン向けの贈呈本で、明治時代はヨーロッパから日本国内へ書籍の流通はほぼなかったに等しいのです。本書は東京大学に1冊ありそうでしたが常時展示するのは当店しかないと思われます。

ユリウス・クルト(Dr. Julius Kurth, 1870–1949)は、20世紀初頭に活躍したドイツの美術史家・東洋美術研究者であり、西洋における浮世絵研究の草分け的存在です。彼は浮世絵を単なる日本の庶民芸術ではなく、繊細な美術表現として再評価し、特に喜多川歌麿と東洲斎写楽に焦点を当てました。クルトの研究は、ヨーロッパにおけるジャポニスムの流行を理論的・美術史的に裏づける役割を果たし、後世の日本美術受容にも大きな影響を与えました。

写楽に関するクルトの評価は非常に高く、彼はその作品に現れる大胆な造形、心理的洞察、そして強烈な個性を「日本美術の中でも特異な表現主義的才能」と見なしました。特に、役者の顔の表情や肉体の誇張、瞬間の演技を捉える表現力に注目し、これを「西洋の表現主義にも通じる視覚的革新」として紹介しました。

また、クルトは写楽の活動期間が極めて短かったことにも着目し、「短命ゆえに神秘性を帯びた天才」としてその芸術的孤高性を強調しました。当時、写楽の作品は日本国内ではあまり評価されておらず、その価値を最初に強く打ち出したのは、むしろクルトのような西洋の研究者たちでした。彼は、写楽の造形が「劇場性」と「内面性」の両面を併せ持ち、演劇的表現の核心を鋭く捉えている点において、浮世絵史上きわめて異例な存在であるとしました。

写楽を通じてクルトは、浮世絵が単なる娯楽の印刷物ではなく、時に心理の深層に迫る芸術性を持ちうることを証明しようとしたのです。その視点は西洋における日本美術の芸術的地位を高めるうえで大きな役割を果たしました。クルトの研究は、現在でも写楽論や浮世絵研究の原点として再評価されています。一方ではクルトの写楽評価は過大であるという批判も存在していることは知っておくべきでしょう。

【クルトの百千鳥狂歌合】

『Die Momochidori des Kitagawa Utamaro』(百千鳥)は、ドイツの美術史家ユリウス・クルト(Julius Kurth)が1912年に刊行した、喜多川歌麿の作品『百千鳥狂歌合』を西洋に紹介するために編んだ美術書です。本書は限定300部で刊行され、各見開きに歌麿の木版画を銅版画技術で再現した画と、対応する狂歌のドイツ語訳および解説が付されるという、当時としては極めて高度な美術出版の一つでした。

原版である『百千鳥狂歌合』は、天明6年(1786年)に蔦屋重三郎によって出版された豪華摺物で、さまざまな鳥とそれにまつわる狂歌を組み合わせた形式をとります。クルトはこの作品を単なる装飾的な絵本ではなく、絵と詩が相互に響き合う「詩画融合」の芸術作品として評価しました。彼はとくに、歌麿が鳥の種類や動き、羽毛の質感までを極めて繊細に描き分けている点に注目し、さらにきめ出し、空摺り、雲母摺などの技を使用して、それぞれの狂歌と視覚的表現が絶妙な調和を見せていると述べています。

クルトはまた、鳥たちが人間のように振る舞い、語り合うかのような構図を通して、自然と人間の感情が交錯する詩的世界が展開されていると解釈しました。そのため本書では、各図版に狂歌の内容を丁寧に翻訳・注釈し、絵と詩の関係性を西洋の読者にも理解できるように構成されています。

さらに、クルトはこの作品を通じて、歌麿が単なる美人画の絵師ではなく、詩的感性をもった芸術家であったことを強調しました。彼は本書の序文で、「歌麿の色彩と線は、まるで詩が形を持ったようである」と述べ、浮世絵が持つ抒情性や形式美を西洋美術の文脈で再評価する試みを行っています。

私は学者ではないのでクルトほど雄弁には語れませんが、歌麿ではなくプロデューサー蔦重の狂歌へのリテラシーが本作品の形式美を決定づけていると想定します。

なぜなら筆の綾丸と呼ばれた歌麿が蔦重レベルまで和歌や狂歌を理解していたとは思えないからです。蔦重はプロデュースだけでなく多数の自筆作品を残しているのです。また、百千鳥をつくったときの歌麿はまだ駆け出しの絵師でした。画才には恵まれていたことは疑いようがありませんが、和歌を解して狂歌と絵を立体的に表現するほどの知見があったとは想像しがたいです。蔦重は太田南畝、唐衣橘州につうじていただけでなく大文字屋市兵衛が主となる吉原連(狂歌同好会)にも所属して自ら蔦の唐丸として狂歌師として活躍しています。以前にも雛形若菜に始まり青楼美人姿鏡や新傾城美人合鏡など多数の多色摺錦絵をつくってきた経験からこそ、この豪華狂歌絵本をつくったのでしょう。制作の背景には天明狂歌ブームがあったからと推察できます。狂歌絵3部作以前にすでに出版されていた太田南畝の「狂歌画本」も参考にしたでしょう。初期の歌麿の絵については蔦重のプロデュースが想像以上に大きく影響されていたと思われます。

クルトの歌麿への高評価がジャポネスクブームに大いに役立ってきていると思います。初期の歌麿作品については蔦重の企画立案が作品に影響を与えていた可能性がたかいです。特に豪華な雲母摺り、きめ出しなどエンボス加工を使う使わないについての決定権は歌麿ではなく、予算をにぎっていた蔦重がハンドルしていたと考えるほうが自然です。クルトはガフラージュ的(立体的)な技術演出について感心していたようです。歌麿の世界観だけでなく、蔦重の指示と摺師たちの技について、関心を深めたほうが、より正しく作品を理解できたと思います。クルトの解説を見る限り絵師以外の作品関係者への記述が希薄であり、その結果として写楽単体の過大評価につながっている節も見受けられるのです。とくに写楽作品への蔦重の影響力はかなり大きく、写楽の作品は蔦重の作品でもあったことをクルトは理解しきれてなかったからこそ、写楽を過大評価してしまった。その結果として写楽ブームは落ち着いてしまったように感じています。これはあくまでも私個人の観察ですが。

いずれにせよ、『Die Momochidori』は、西洋で初めて本格的に詩と絵の融合をテーマにした浮世絵研究書であり、世界に浮世絵を広めた功労者です。本書は今日でも浮世絵学の基礎資料として高く評価されています。

【Die Momochidoriの概要】

ユリウス・クルトの著作『Die Momochidori des Kitagawa Utamaro』(1912年刊)は、日本で制作されたものではありません。この作品は、ドイツ(ベルリン)で印刷・出版された、いわば西洋人による浮世絵美術書の高級復刻本です。


📍制作地

  • 出版地:ドイツ・ベルリン
  • 出版社:Rex & Co.
  • 限定部数:300部のみ

🎨 版画技術について

『Die Momochidori』に収録されている挿絵は、原本『百千鳥狂歌合』の木版画の模写・再現を目指していますが、印刷技法は当時の西洋で一般的だった技術が使われています:

本作品は木版画(日本式)ではありません。西洋の技術で木版画を模したという貴重な作品です。

  • 日本の伝統的な浮世絵木版画技法(彫師・摺師による分業)ではありません。

おそらく石版画または多色銅版印刷(リトグラフ/クロモリトグラフ)

  • クルト版は、当時のヨーロッパで発展していたリトグラフ(石版)または銅版印刷技術により、日本の木版表現を模倣的に再現しています。
  • 色彩も手彩色またはクロモリトグラフィー(多色石版)によるものと推定されます。

🖼 原本との違い:浮世絵カフェ蔦重では、百千鳥狂歌合(明治摺)とクルト作品を2つをならべて対比して展示しています。違いを間近で鑑賞できます。

項目原本(蔦屋重三郎版)クルト版
制作地江戸・日本ドイツ・ベルリン
技法手彫り・手摺の木版画石版画または銅版印刷(機械印刷)
色彩雲母刷りや空摺など日本特有の高級摺技法手彩色または印刷による色再現
目的狂歌師たちへの贈答・限定頒布美術書・学術的紹介用

まとめ

クルトの『Die Momochidori』は、ドイツで出版された高級美術書であり、日本の木版原本を模倣した西洋式の印刷技術(主に石版画・銅版画)で制作されたものです。したがって、作品としての印刷様式は木版画ではなく、浮世絵風の美術再現という位置づけになります。

 今から110年以前の1912年にベルリンで300部だけ制作された本作品は国内にほとんど現存しません。歌麿を、写楽を、浮世絵を世界に広めた稀書を浮世絵カフェ蔦重で展示中です。


7月の新作展示 【当世風俗通】(とうせいふうぞくつう)

【当世風俗通】(とうせいふうぞくつう)
発行:安永2年(1773)7月
作者:金錦佐恵流(キンキンサエル、朋誠堂喜三二・平沢常富)作。
画:恋川春町(酒上不埒サケノウエノフラチ・杜選大和尚コジツケダイオショウ)画。
跋:石野土臺
版元;著々羅舘蔵板(奥付)池之端仲町の長谷川新兵衛と推測
※当社所蔵は大正期の複製木版画

当世風俗通(とうせいふうぞくつう)は、江戸時代中期の安永2年(1773)に刊行された風俗案内書である。著者は金錦佐恵流(きんきんさえりゅう)こと朋誠堂喜三二(ほうせいどう きさんじ)、挿絵は黄表紙の名手として知られる恋川春町(こいかわ はるまち)、が手がけました。全一巻で構成され、洒落本に分類されるが、その内容は単なる滑稽な読み物を超え、当時の町人社会における最新のファッション・風俗・通人文化を視覚的かつ解説的に伝える図入りの生活百科となっています。
本書は、いわば江戸のファッション雑誌である。通人(つうじん)――つまり洒落や流行に通じた粋な男たちに向けて、当時の「今風」の立ち居振る舞い、言葉遣い、装い、髪型、小道具の使い方までを、軽妙な筆致と精緻な挿絵で紹介しました。まさに町人文化の情報メディア的存在であり、読者は本書を“参考書”として自らの身なりや振舞いを整え、遊里や芝居町などの社交場で通人ぶりを発揮したのです。
中でも注目されるのが、本書末尾に掲載された「時勢髪八体之図(じせいがみ はったいのず)」です。この図は、江戸で流行した男性の本多髷(ほんだまげ)の八つの変種を描いたもので、それぞれの結い方や印象の違いが視覚的にわかる構成となっています。これらは現代で言えば「メンズヘアカタログ」のような位置づけであり、通人たちが自分のキャラクターや行き先に応じて髷のスタイルを選び、髪結い職人に注文するための資料としても利用されたようです。

■ 時勢髪八体之図:髷の比較表

髷名特徴・形状印象・用途
古来之本多最も基本的な形。高さ・幅ともに標準的。落ち着いた伝統派。
丸髷本多髷の尻を丸くふくらませた造形。柔らかく洒落た印象。
五分下げ本多髷を低めに結い、穏やかさと控えめを演出。優男風の装いに合う。
大阪本多高さが強調され、やや大ぶりな造形。派手好みな印象。
兄様本多髷を長めに伸ばし、堂々とした造形。年長者や風格ある人物向き。
疫病本多簡略な結い方で手間を省いた形。実用重視、質素な印象。
金魚本多(舟底)下ぶくれ形状で金魚の尾のような印象。個性的で柔らかな風情。
団七本多(伝九郎鬢)鬢の張り出しが強く、芝居風の華やかさ。芸人・遊里通いに人気。

【通人マニュアル】

髪型だけでなく、本書では衣服の合わせ方、小物づかい、化粧、話し方、歩き方に至るまで、あらゆる通人気質の実例が図解とともに紹介される。たとえば、通人は着物を「少々くずし気味に」着ることが粋とされ、帯の締め方や煙草入れの下げ方にも独特の流儀がありました。

さらに、煙管(きせる)の金具の意匠や根付(ねつけ)・印籠(いんろう)の使い方、さらには扇子をどう持つかといった細部にいたるまで、通人の「心得」が語られる。これらの情報は、文字だけでなく精緻な挿絵によって視覚的に把握できるよう構成されており、読者にとってはまさに実用的な風俗指南書でした。現在のファッション誌のようなやくわりです。登場人物たちはいずれも「通人」「町娘」「遊女」など、典型的な江戸町人階層のスタイルを演じており、背景には芝居町や吉原の風景も見られました。とりわけ、遊里での振舞いややりとりは、洒落と色気、機知に富み、読者の実生活における「演出」に大いに役立ったと考えられます。

『当世風俗通』は、江戸の町人文化が到達した洗練と洒落の粋を今に伝える、極めて貴重な一次資料でした。その内容は、単なる娯楽書ではなく、当時の都市生活者の審美眼と社交技術を反映した“江戸版スタイル・マニュアル”であり、風俗史・服飾史・出版文化史の観点からも極めて重要な文献です。

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4月・5月・6月の展示

蔦屋重三郎の出版物

蔦屋重三郎 耕書堂のオリジナル和書と浮世絵中心に40点数前後を展示

②江戸生浮気蒲焼(オリジナル)~黄表紙のベストセラー!ブサ可愛い艶次郎が「通人」をめざす。
③通言総籬(オリジナル)~新吉原大籬を舞台にした浮気蒲焼の続編。三馬鹿トリオ(艶次郎・北里喜之介・悪井志庵)が騒動をまきおこす。
④堪忍袋緒〆善玉(オリジナル)蔦屋重三郎版~善玉悪玉の語源となった一級品!
⑤傾城買四十八手 四十八手後之巻(オリジナル)蔦屋重三郎版
⑥新吉原大文字樓繁栄図(オリジナル)大名跡多賀袖(誰袖)

伝統技術を体感する!
⑦彫師の毛割(美人大首絵 歌麿)
⑧摺師のきめ出し(広重 浅草田圃など)
⑨版木・神奈川沖浪裏/倍摺り(北斎)鮑取り/はがき摺り(歌麿)