鳥獣略画式と北尾政美
北斎に先じた絵手本
新作展示のご案内。
『鳥獣略画式』は、北尾政美、のちの鍬形蕙斎(くわがたけいさい)が、鳥や動物の姿を簡潔な筆づかいで描いた絵手本である。寛政9年(1797)に江戸の須原屋市兵衛から初刊された。犬や猫、虎、象などの獣、さまざまな鳥に加え、虫や魚介、龍や獅子まで、多彩な生き物を収めている。
浮世絵カフェ蔦重の所蔵本には「文化癸酉六月」、すなわち文化10年(1813)6月の年記があり、「蕙齋筆」、彫師を示す「春風堂野代柳湖鐫」の文字が見える。初刊から16年後の年記を持つ本である。
掲載図では、小魚が群れをなし、形の異なる魚たちが余白の中に配されている。輪郭、目、ひれ、鱗など、姿を見分けるための特徴を選び取り、少ない線と色で描き分けている。細部を省きながらも、生き物の形や動きが伝わるところに、蕙斎の略画の面白さがある。絵を学ぶ手本であると同時に、ページをめくって多様な姿を楽しめる画譜でもある。

図1
所蔵本『鳥獣略画式』 文化10年(1813)6月年記、摺年未詳
所蔵者提供画像。作品部分をトリミング。
作者の北尾政美は、明和元年(1764)生まれとする説が有力で、文政7年(1824)に没した。北尾重政に学び、天明元年(1781)には政美の画号を許されたとされる。山東京伝こと北尾政演は同門の兄弟子にあたり、政美は黄表紙の挿絵や武者絵、遠近感を強調した浮絵などを手がけた。
蔦屋重三郎とは、黄表紙の挿絵師と版元として継続的に仕事をした。蔦重刊の『天道大福帳』(1786)では朋誠堂喜三二、『鸚鵡返文武二道』(1789)では恋川春町、『奇事中洲話』(1789)では山東京伝の文章に絵を添えている。政美は蔦重の出版を支えた絵師の一人であり、人気戯作者たちの趣向を視覚的に伝える役割を担った。一方、『鳥獣略画式』の初刊版元は須原屋市兵衛であり、本書は蔦重の出版物ではない。
政美の転機となったのが、寛政6年(1794)の津山藩松平家への登用である。町の出版物を描く浮世絵師が、藩に召し抱えられて武士の身分となる、異例の転身だった。津山郷土博物館の解説によれば、召し抱えられて間もなく「蕙斎」と号し、藩のお抱え絵師として狩野家に入門した後、「紹真(つぐざね)」を名乗った。さらに寛政9年(1797)、母方の姓である「鍬形」を本姓とした。「北尾政美」から「鍬形蕙斎」への変化は一度の改名ではなく、藩への登用と画業の広がりに伴って進んだものである。登用後も主に江戸に住み、藩の御用と自身の制作を続けた。
代表作には、『略画式』(1795)、『鳥獣略画式』(1797)、『人物略画式』(1799)、『山水略画式』(1800)などの絵手本がある。また、江戸で働く人々を描く肉筆絵巻『近世職人尽絵詞』、江戸の町を上空から見渡すように構成した《江戸一目図屏風》(1809)も重要である。生き物の小さなしぐさから都市の全景まで、対象の特徴を捉え、わかりやすい画面にまとめる力を備えた絵師であった。
所蔵本の見返しと鳥獣図

図2 所蔵本の序文と見返し。「蕙斎先生筆」「鳥獣略画式」の文字がべろ藍で描かれるのは後摺の証拠。

図3 所蔵本の鳥獣図。孔雀などの鳥と、さまざまな獣を描く。 浮世絵カフェ蔦重所蔵
参考資料
国立国会図書館「蔦屋重三郎(初代)出版物リスト」
https://crd.ndl.go.jp/reference/entry/index.php?id=2000030658&page=man_view
福岡大学図書館「鳥獣略画式」・ジャパンサーチ「江戸の絵本3」
