『碁太平記白石噺(ごたいへいき しらいしばなし)』蔦重の思慮深さとセルフプロデュース力が桁違い!

【新作品展示案内】
白石噺敵討の圖 一勇斎国芳 画
新吉原の段 碁太平記白石噺(当時の台本)

『碁太平記白石噺』は、江戸時代に実際に起きた仇討ち事件をもとに dramatized(脚色)された浄瑠璃・歌舞伎の名作で、近松半二、並木五瓶、竹田小出雲、烏亭焉馬などの合作で全11段で構成されています。安永6年(1777年)に大坂竹本座にて初演されました。百姓・与茂作の娘である姉妹、宮城野と信夫は、父を旗本・志賀団七に殺され、仇討ちを誓う。姉は吉原の遊女となって身を立て、妹は武芸を修めて再会。幕府の許可を得て、白石川でついに父の仇を討つ。

作中屈指の名場面は「新吉原の段」です。この段は戯作者・烏亭焉馬によって書かれ、姉妹の再会と仇討ちの決意を情緒豊かに描き出します。蔦重は烏亭焉馬と親しかったと考えられます。

「新吉原の段」は、姉妹の再会と決意が描かれる感動的な場面です。ここでは姉・宮城野が吉原の大福屋で傾城として働く姿が描かれ、遊女の世界と仇討ちという武士道の価値観が交差するのです。またこの段には「本重(ほんじゅう)」という貸本屋が登場し、物語に登場する絵入り草子や読本を売り込むシーンがみられます。この本重は、実在の出版人・蔦屋重三郎をモデルにした人物で、彼自身もこの演目の出版・宣伝に深く関与していました。蔦屋は浮世絵師や役者と連携し、本作を芝居だけでなく、絵入り草子や錦絵としても大衆に広めた立役者だったのです。蔦重は浄瑠璃や歌舞伎の人気を利用して出版物に売上をつなげたビジネスモデルを作った好例といえます。芸術・興行・マーケティング・そして自社ブランディングへと多面的に思慮深く蔦重が出版業を考えていたことがわかる興味深い作品でした。

 当店では、一勇斎国芳が嘉永六年に作成した見事な3枚つづりの仇討ちシーンと本作品の新吉原の段の台本を季節展示します。

 浮世絵カフェ蔦重では数か月単位で展示物を変更します。

Xでは変更する作品を一足先に数点ご案内していきたいと思います。ご期待ください!

大河ドラマ~べらぼう第22話


恋川春町と山東京伝が31字の「屁」で狂演
小悪魔!多賀袖が本領を発揮

大河ドラマ「べらぼう」では蔦重と狂歌師たちとの歓談のなかに、クスっと笑えるシーンが続出しますが、22話では恋川春町がやってくれました。個人的にはこれまでの全22話で一番笑えました。そもそも恋川春町の狂名がおもしろい。狂名とは狂歌師の作者としての号のこと。狂名にはユニークなネーミングが多く、なかでも恋川春町の「酒上不埒(さけのうえのふらち)」は私の一番のお気に入りです。そんな春町は前話の21話で行われた喜多川歌麿のお披露目会でも泥酔し、山東京伝に「自分の作品をパクった」と盗人呼ばわりして絡んだあげく、最後は筆を折って絶筆を宣言しました。そんな醜態を見せたことから引くに引けなくなり、蔦重の仕事の依頼も断り続けていましたが、歌麿と喜三二に励まされながら、画期的なアイデアを思いつきます。そして、自分の名前「恋」・「川」・「春」・「町」の4つの漢字を偏にし、「失」という漢字を旁にした不思議な漢字が書かれた一枚の紙をもって耕書堂にやってきます。漢字の意味は、「恋」に「失」で『未練』、「川」に「失」で『枯れる』、「春」に「失」で『はずす』、「町」に「失」で『不人気』とのこと。これを聞いた蔦重は吉原を題材とした「春町文字」を作ることを提案し、往来物の「※1小野篁歌字盡おののたかむら うたじづくし」の文字並びを参考にして、漢字遊びの青本「廓愚費字尽 さとのばかむら むだじづくし」を出版します。これにより一時のどん底状態から復活した春町ですが、22話の終盤でまたしてもやってくれました。

※1「小野篁歌字盡」とは?

往来物の超ベストセラーであり寺子屋の崩し字入門書です。漢字のグループを和歌で覚える仕掛けが巧妙で“歌×字”という学習スタイルが当時の庶民に受け入れられました。ちなみに平安時代の小野篁は公卿でしたが、この著者ではありません。漢詩・和歌の達人だったので権威付けで本書の名前に小野篁が使用されたようです。書浮世絵カフェ蔦重では天明4年刊行の本物「小野篁歌字盡」が展示中です。

今度は、蔦重が仕事仲間を集めて開いた忘年会にて、蔦重の兄・治郎兵衛が三味線を弾いて参加者の注目を集めるなか、ふんどし姿の春町が登場。そして「皆さまにはせめて年のしまいにお笑いいただきたく! よ~」と叫び、「プー」とオナラをしながら踊りだしました。さらに、オナラを出し尽くした後は「ぷーっ、ぷーっ」と声を出しながら踊る放屁芸を見せたことで、会場の笑いは最高潮に。まさに「酒上不埒」の名にふさわしい不埒な宴会芸に、爆笑したドラマ視聴者も多かったと思います。また、今回は蔦重を慕ってきた花魁・誰袖の小悪魔ぶりも印象的でした。誰袖は前話から、蝦夷地を松前藩から召し上げる上地を行うため、松前藩による密貿易「抜け荷」の証拠を見つけようと吉原に潜入する老中・田沼意次の嫡男、意知に接近。大胆にも自らスパイとなって松前藩の抜け荷の証拠を見つけたら、代わりに自分を見請けして欲しいと迫ります。そして、吉原にやってきた松前藩当主の弟・廣年に接触し、密貿易の証を探り出そうとします。これは、まさに江戸時代版ハニートラップ。蔦重の活躍だけでなく、誰袖からも目が離せなくなってきました。

大河ドラマ~べらぼう第21話

画像 吉原傾城 新美人合自筆鏡
出典 ColBase 

怪演!えなりかずきさん
2代大文字市兵衛を伊藤淳史さんがキャラ変えで名演技!

 えなりさんが見事に豪胆かつ傲慢な松前藩主役を演じてました。怖かった。伊藤淳史さんは初代の大文字文楼が亡くなって養子として2代目大文字市兵衛を継いで再度出演してましたが、しなをつくって初代とは対照的な女性的なキャラだったので見た目は伊藤淳史でもすぐに見分けがつきますね。台風の目の小悪魔「誰袖」も2代目大文字屋の花魁として徐々に本領を発揮していきそうで怖い。

さて、大河ドラマ「べらぼう」で順調に成り上がってきた蔦重ですが、21話では大きな挫折を味わいました。前話で西村屋の「雛形若菜初模様」をパクって出版した「雛形若葉初模様」が、全然売れないのです。理由は、「指図」。指図とは、摺師が作品の摺りを行う際に絵師や版元から受ける指示のことです。色の配置や濃さ、摺る位置や紙のサイズなど、さまざまなことを指図しますが、これにより版画の最終的な完成度がかなり変わるのです。要するに、モノマネ上手な歌麿のおかげで元祖に負けない下絵は描けても、蔦重の指図の力量不足により発色が悪く、結果的に西村屋の錦絵に及ばなかったというわけです。これは、現代社会でも同じですよね。例えば、生成AI。生成AIでクリエイティブなものを生み出すことはできますが、生成AIに何を作ってほしいのか、具体的に、的確に指示を出せるかどうかで、完成品の質が変わります。

 この具体的で的確な指示を出せるようになるためには「経験」が重要ですが、蔦重もその「経験」が足りなかったということです。私も似たような経験を最近しました。浮世絵カフェ蔦重では、新たな挑戦として自らが版元になって、蔦屋重三郎の名作を復活させることに挑戦しています。木版画の制作工程では版元と彫師・摺師さんたちへ指示をしなくてはいけない場面に遭遇しています。復刻木版画の制作には工程・技術・素材・時代背景など総合的な知識と経験が必要であり、さらに職人さんたちとの良好なコミニケーションが最重要だと痛感しました。版元がたしかな指示ができないと意図した作品は出来上がりません。今回のドラマでは、経験と知識の両方が蔦重には足りなかったと思われます。西村屋のいうとおり多色刷り錦絵は一朝一夕の生半可知識ではできません!

 

また21話では、落ち込む蔦重にさらに追い打ちをかけるような出来事が起こります。

その要因を作ったのが私の推し、山東京伝(北尾政演)でした。政演が山東京伝という名で、鶴屋から青本を出版したのです。蔦重はそれまで、絵師としての北尾政演と深く交流していましたが、政演の戯作者としての才能を見出すことはできませんでした。その才能を、よりによって蔦重と因縁深いライバル店の鶴屋が見出したのです。そのおかげで、山東京伝は大きく飛躍していきました。自分の力量不足を痛感し、自信を失う蔦重でしたが、大田南畝が「経験不足が蔦重のいいところ」と励まします。「だからこそ、ずっとやってる奴には出せねえものを出せんじゃねえか」という言葉で、蔦重は自分の強みが企画力にあることを再認識します。

 近い将来に蔦重は今回の挫折を乗り越えて山東京伝とは黄金コンビとなって「吉原傾城 新美人合自筆鏡」を完成させます。このエピソードはもうちょっと先の話になりそうですね。

そこから、続々とアイデアを口にするのですが、山東京伝と黄表紙、洒落本でヒット作を連発します。それは今後のドラマの楽しみですね。

また、今回の見どころとしては役者さん達の演技が印象的でした。松前藩主・松前道廣を演じたえなりかずきさんの怪演、花魁の誰袖を演じる福原遥さんの妖艶な演技、前話で亡くなった「かぼちゃの旦那」こと大文字屋の二代目として再登板となった伊藤淳史さんが演じた、前キャラクターとのギャップの激しさなど、見どころが満載でした。今後の展開が楽しみです!